【校長より】「何とかなる」の?「何とかする」の?

 非常に長い梅雨が終わり、いかにも夏という状況になりました。今日で1学期は終わりを迎えましたが、新型コロナウイルス感染症に加え熱中症の危険性にも注意しなければならず、落ち着かず、気が休まらない日々が続きます。

 終業式の式辞において、「何とかなる」のではなく、「何とかする」ことについて話しました。これは始業式に話した「自分に問うこと」、そして「他者と関わること」ことの確認・振り返りでもあります。

 私たちが何か行動をとる際、また冷静に対応すべきときに、「これでよいのか」などと自問自答することが必要です。また、他者と積極的に対話することで、自分では気づかなかったことが分かったり、相手の思いを理解することができるようになったりすることにもつながります。こうした行動を習慣にしていくことで、だんだんと冷静に、客観的に物事を見られるようになる、分析できるようになる、公平・公正な判断ができるようになると考えます。

 特に、大学等の入試や就職試験を控えた3年生は、冷静かつ客観的に物事を見つめることは、面接や小論文などで、厳しく問われてきます。面接官や人事担当者の立場に立つと、短時間で適当に上辺だけ取り繕った志望理由や自己紹介等は、すぐに見抜けます。しかも、「また同じことを言っている人が現れた」と思われてしまい、その生徒の本当の魅力が、全く評価されないということになりかねません。

 さらに、誰かの指示がないと動けない・言われないと分からないということも同じです。学校では先生がいますから、「ある程度」次の行動について指示をしてくれます。しかし、それは「ある程度」です。私たちの人生において、いつまでも先生が隣にいて指示を出し続けることなどあり得ません。それを意識しながら教員は生徒を指導します。まして、答えを言うことが指導ではありません。「あえて黙る」という指導もあり得ます。

 「私はどうしていきたいのか。」「どうすべきなのか。」「本当にそれでよいのか。」

 考え出すとキリがなく、他の人の話を聞くと、余計に不安を覚えることもあります。一方で、自分の中でゴチャゴチャに絡み合っていた考え方が整理され、何か良いアイディアが浮かんでくることがあります。さらに、「自分が言いたかったことは、そういうことなんだ」と自分の心に潜む本当の想いを確認できることにもなります。事実、私もついこの間、経験したばかりです。

 いずれにせよ、「いろいろと考えて、一歩前に踏み出してみよう」という行為であることには変わりません。

 そんな勇気を持っている人、これから持とうとしている人、積極的に応援します。ぜひ、校長室まで!

令和3年7月20日

校長  森 也寸司

                                                                      

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